インタビュー
INTERVIEW 19
楽しい青梅の未来を醸す
「武藤治作酒店」3代目店主
武藤 一由
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笑顔が集う青梅をつくる3代目の挑戦
青梅市木野下に3代続く酒店がある。街も暮らす人も豊かになるようにと家庭への宅配に走り回った祖父、飲食店が増え店への卸をスタートさせた父。そして酒と人と街を結ぶバトンは、現店主・武藤一由さんの手に渡った。「青梅駅周辺が賑やかだった頃を覚えていて、あの賑わいを取り戻したいと思ったんです」と語る武藤さんが、まず立ち上げたのが、クラフトビールが飲める店「青梅麦酒」。
旧青梅街道にある空き店舗をリノベーションし、2018年にオープンさせた。武藤さんとクラフトビールの出会いのきっかけにもなった奥多摩のブルワリー「VERTERE(バテレ)」に依頼し、店オリジナルのクラフトビール「VEPAR(ベイパール)」をつくり、提供をスタート。VARTEREや青梅のさまざまな人の協力を仰ぎながら、酒店3代目店主による新たな挑戦が始まった。
青梅初のクラフトビールが誕生
「青梅麦酒」に遠方から足を運んでくれる客も増え、青梅の魅力の発信や、コミュニティづくりへの貢献も感じ始めた2021年、自らの手でクラフトビールをつくることを決意。店の運営を知人に任せ、ブルワリーをオープンすべく、免許取得や3代目を継いだ酒屋の一部を改装、発酵タンクの準備などを進めていく。そして2024年、1月に待望の免許を取得、3月に初仕込み、晴れて完全自社製のクラフトビール「VEPAR」が誕生した。
武藤治作酒店の一角、約11㎡のマイクロブルワリーでつくられるビールは、“青梅初”のクラフトビールとなり、話題を呼んだ。記念すべき初仕込みのペールエールは、支えてくれた家族や仲間と、地元のマルシェイベントに来たお客さんたちと味わったという。「やっぱり、地元にはおいしいごはんとおいしい酒がないとね!」と大きく笑う武藤さん。
一度に200リットルほど仕込めるビールの銘柄には、ブルーベリーエールやケールなど市内や近隣の自治体でつくられる産品の名前が登場する。「香りや味わいを楽しめるクラフトビールだからこそ、この土地で採れるものを積極的に使って、この土地を丸ごと感じてほしい」と語る。醸造長となった武藤さんからは、大工の友人から聞いた“多摩産材”の話が気になり、かんなくずや杉の葉などを使ったビールがつくれないか?などユニークなレシピが続々飛び出してくる。“青梅×武藤さん”だからつくれる“青梅”のクラフトビールに期待したい。
楽しいところに人は集まる
酒店の裏手にある生家の玄関には、「SINBOW」と書かれた暖簾がかけてある。「母の夢をみんなで叶えたんです」と微笑む武藤さん。酒店に嫁ぎ、多忙な日々のなかで子どもたちを育ててくれた母の夢は、喫茶店みたいな料理を出して人を迎え入れる仕事をすること。そんな母の夢が叶った小さな居酒屋は、初代の名前を冠した酒店と対をなすよう(に倣い)に、二代目店主の愛称を冠した「SINBOW」。今ではそこは、息子の武藤さんたち木野下を愛する人々の作戦会議の場となった。
「こんなことしたらおもしろくない?なんて話を酒のつまみにしながら、しょっちゅう飲んでるんです。でも、これまたおもしろいのが、ふと盛り上がった話がどんどん実現しちゃって。」近所を流れる霞川が整備されたことを機に誰かが発したアイデア、「あの広場で手作りマルシェやらない?」「あの川に降りる階段を客席にして映画上映しない?」これらはすべて「田んぼマルシェ」という恒例イベントになり、どちらも実現した。さらに、霞川を挟むようにスクリーンと客席を配置し、映画の光が川面を揺らす姿を見た武藤さんが発した言葉「この川辺の映画上映を丸ごと映画にしたらどうだろう?」も、何と実現してしまったのだ。
映画『せせらぎシアター』は、武藤さんたちが暮らす青梅市木野下の風景をたっぷり詰め込んだ人情物語となり、現在、数々の映画祭で好評を博している。
小さな居酒屋で生まれた誰かの小さなアイデアが、どんどん人を巻き込んで実現していく。「行動力とか、地元貢献とか、そういうことよりなにより、おもしろそう!ってことで人が集まって、自分たちがおもしろがっているだけ。でも、人は楽しいところに集まると思うんですよね。」ここに暮らせばみな仲間
40年以上青梅に暮らす者としての視点から青梅の魅力と将来像について聞いてみた。青梅と相性がいい人は、自然に触れて暮らしたい人や畑や田んぼをやりたい人、大きな家や庭付きの家に住みたいと考える人たちだろうと武藤さんは語る。「都心にもすぐ出られるしね。でも車は乗れたほうがいいかな」と笑顔で付け加えた。
移住者に対する印象を聞いてみると、「そもそも移住者、非移住者だなんて色分けをしていない」と真剣な表情を見せる。武藤さんは、田んぼマルシェやどろんこ運動会といった楽しいイベントを通じて、移住者も地元民も関係なく仲間になれる青梅の空気を作っている。ただ、新しく住み始めた人たちには、こちらから積極的に声をかけることが必要だとも語る。「仲間になるきっかけは、こちらから作らないと難しいこともあるだろう」との言葉には、長年培われた地域の絆を新しい住民たちと共有したいという思いがにじむ。
また、移住にまつわる話題でよく耳にするのが自治会や消防団だ。武藤さんは、東日本大震災の支援時に見たという、自治会の入会者と非入会者が支援物資の取り合いで大喧嘩をしている場面を例に挙げ、自治会や消防団の重要性も教えてくれた。「防災対策のひとつであり、セーフティーネットだと思えばいい」と冷静に語るその姿勢には、地域の安全と安心を第一に考えつつ、あまり気負わずナチュラルに地域活動に取り組む武藤さんの人となりが感じられる。
一方で、青梅市の北西部に位置する成木地区では若手が集まり、盆踊りが復活するなど、新しい世代の活動も活発だという。「そうやって地元の新しい世代が活躍しているのを見るのはうれしい」と微笑む。賑わいを取り戻しつつある青梅の街には店も若い人も増えており、関係人口が増え、移住者も確実に増えていると実感しているそう。
「とにかく古くから住む住民が楽しく暮らす姿を見てもらうのが一番。楽しい場所には人が集まってくる」と武藤さんは力強く語る。ここに暮らせばみんな仲間、という言葉には青梅らしい温かさが溢れている。武藤さんは常に、笑顔が集う青梅の今後のことを楽しみながら考えている。祖父から受け継がれたバトンをしっかりと握りしめ、3代目としてこの街を愛する同志を増やしながらさらなる高みを目指す武藤さん。その視線の先には、青梅の明るい未来が広がっているようだった。
Profile
武藤 一由 | 酒店店主
東京都青梅市生まれ、40代。青梅市木野下の「武藤治作酒店」3代目店主。2024年、青梅市の形がイノシシに見えることから、クロアチア語でイノシシを意味する「VEPAR」ブルワリーを開設。クラフトビールを造りながら地域貢献に尽力中。お気に入りの場所は、地元仲間とイベントを開く「霞川五反田橋広場」。広大な田園風景のその先に富士山を望む木野下エリアをこよなく愛す。
※取材:2024年11月