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青梅で育った時間が、いまも歌の奥で鳴っている。
wacci橋口洋平さんが語る“ふるさと青梅”と創作の原点

wacci ボーカル&ギター
/シンガーソングライター
橋口 洋平

  • 「別の人の彼女になったよ」「恋だろ」など、多くの共感を呼ぶ楽曲を届けてきた5人組バンドwacci(ワッチ)。そのボーカル・橋口洋平(はしぐちようへい)さんは、幼少期から新社会人時代までを青梅市で過ごしました。

    今回のインタビューでは、青梅で生まれ育った出身者としての視点から、この街での記憶、音楽活動とのつながり、そして“青梅で暮らすこと”の価値について語っていただきました。

    思い出の公園やなじみの店、そして友人との語らいの場へ——。

    橋口さんの足跡をたどりながら、青梅という街に流れる「時間」を見つめていきます。

     

    静と動の時間を行き来する。青梅で育った日々

    ――青梅で過ごした子ども時代のことを教えてください。

    自然が多い街っていうのもあって、遊ぶところがとにかくたくさんあって。僕は、活発に外で遊ぶタイプの子どもだったと思いますね。友達とサッカーしたり、野球したり、鬼ごっこしたりしていましたね。あと当時、インラインブレードっていう、ローラースケートみたいなやつがめちゃくちゃ流行ってて。坂道で滑っていた記憶があります。

    ――東京の中心地ではなかなかできない遊びですね。

    まあ、公道でインラインブレードをやるって大丈夫なのかな……?って今は思うんですけど(笑)。いい意味で人も車も密度が高くないので、遊ぶ場所は本当にたくさんあったな、っていう記憶があります。

    ――一方で、中学・高校受験も経験されています。

    そうですね。中学受験も高校受験もしていて。当時、僕のクラスで受験する子は僕を含めて2人だったかな。学年でも3〜4人くらいしかいなくて。みんなと遊んでいても、途中で切り上げて勉強に行く、みたいな感じで過ごしていましたね。小学校のときもそうだったし、中学は高校受験のために塾にも通って。しっかり遊んで、しっかり勉強も頑張ってたなぁ、っていう毎日でしたね。

    ――青梅という環境は、勉強に集中するにはどうでしたか?

    受験に集中できるほど街が静かだったかと言われると、少し言い過ぎな気もするんですけど(笑)。ただ、高校時代は青梅から通学していて。その電車の時間が、僕にとっては大きかったですね。始発で座って揺られる30分とか1時間って、車内でできることの選択肢が限られる時間なんですけど、逆に考えごとができる時間でもあった。僕、スケジュールに余白を作らないタイプなんですよ。予定を詰め込んじゃうタイプで(笑)。だからこそ、どうしようもない電車での移動時間とか、そういう強制的な余白が、僕にとってはすごく大事だったなと思います。

     

    音楽の原点と、青梅に流れる“音”

    JR青梅駅近く、線路沿いに佇むカフェ「夏への扉」にて

    ――音楽を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

    僕が通っていた霞台中学校の音楽室に、1クラス分のガットギターが置いてあったんですよ。1クラスの人数分の用意があったって、すごいですよね(笑)。今思うと、ありがたい環境でした。授業で触れて「ギター、いいな〜」って思って、母に買ってもらいました。ただ、そのあと受験もあって、しばらく弾かない時期もあったんです。でも、中学時代にギターに触れていたことが、今思うと結構大きかったなって思いますね。僕の音楽の始まりは、あのガットギターだと思います。

    ――高校時代は路上ライブをやっていたとか?

    高校の最初の半年くらいかな、人間関係をちょっと失敗しちゃって。孤立してた時期があったんです。そのとき、唯一仲良くしてくれた隣のクラスの子がギターを弾いていて。その子とふたりで、立川や溝の口で路上ライブを始めました。自分の歌で立ち止まってくれる人がいるっていうのが、めちゃくちゃうれしくて。音楽を通じて出会いが生まれるのもうれしかった。学校以外にも居場所があるんだ、って思えたことが大きかったです。それで、歌もギターもやめられなくなっちゃいました(笑)。

    ――シンガーソングライターコンテスト in 青梅での受賞もありました。

    はい。「シンガーソングライターコンテスト in 青梅」に応募して、グランプリを獲らせていただきました。23歳か、24歳くらいだったと思いますね。応募は50人先着で、48人しかいなかったんですけど(笑)。80代くらいのおじいちゃんが孫への想いを歌っていたりして、結構ゆるやかな雰囲気でしたね。

    人生で音楽の賞をもらったのは、その「シンガーソングライターコンテスト in 青梅」のグランプリと、「日本レコード大賞」優秀作品賞(2022年・第64回)の2回です(笑)。青梅でのグランプリは、自分で作った歌をちゃんと評価してもらえた、僕にとって最初の経験だったなと思います。

    ――青梅は、音楽とのつながりも深い街ですよね。

    そうですね。青梅アートフェスティバルもありますし、ライブハウスもあるし、レコード屋さん※もある。音楽をやっている人が多い街だな、っていう印象はあります。僕も20代前半、仕事をしながら音楽をやっていたときに、青梅にもライブハウスをやっている方がいるって知って。ああ、音楽がちゃんと根付いてる街なんだなって思いましたね。

    ※マイナー堂(青梅住江町)は平成31年3月31日に惜しまれつつ閉店

    ――青梅には、さまざまなクリエイターが多く住んでいて、横のつながりもあり、すぐに仲間ができる印象があります。

    クリエイティブな活動をしている方が青梅にアトリエを構えて、都内で展示をやる、みたいな流れはあると思います。僕は音楽仲間が福生に多くて。米軍基地の近くに「チキンシャック」っていうライブハウスがあって、そこに仲間が集まってたんですよね。だから自然と活動の場が福生のほうに流れてしまって。今思うと、青梅でももっとつながれていたらよかったなって思いますけど、これからは青梅でも音楽仲間とつながっていけたらいいな、と思っています。

     

    wacciとして、青梅の心象風景を歌う

    ――青梅で育ったことは、いまのwacciとしての創作にどう影響していますか?

    wacciの活動の中でよく言われるのが、僕は東京を主観でもあり、客観でも見られる立場にいるってことです。上京してきたわけでもないし、都心のど真ん中で育ったわけでもない。都民なんだけど、ちょっと引いた場所にいる。その距離感が、歌に出ているんだと思います。東京の中心地で感じたことを、そのまま家に持ち帰るまでに、電車で1時間かけて咀嚼できる時間があった。あの距離感は、僕にとってすごく大きかったですね。

    ――青梅の風景が刻まれた曲はありますか?

    僕は、実体験をそのまま歌にするタイプではないんですけど(笑)。ファーストシングルの「夏休み」に、「明かりが途切れた祭りの端っこ」っていう歌詞があって。あれは青梅大祭のことを書いています。屋台の灯りが途切れて、急に現実に戻る感じ。あの寂しさは、完全に青梅の記憶ですね。あとは、作詞するときに浮かぶ桜並木とか、公園のベンチとか。郊外の風景を描くときは、やっぱり青梅の景色が頭にあります。

    初恋の方と語り合った想い出の大塚山公園

    ――青梅でフェスをやりたい、というお話もありましたね。

    やりたいですね。青梅って、手作り感のあるアットホームなイベントは多いと思うんです。青梅アートフェスティバルもそうですしね。だからこそ、本格的なフェスをやりたい。アーティストが「出たい!」って思ってくれるようなものを。青梅は立地もいいし、都心からも来やすい。「青梅だからこそ」の楽しい企画を考えて、何年も続くフェスにできたらいいなと思います。「永山公園」でフェスなんて、いいですよね。日本の4大フェスに仲間入りさせてもらえたらいいな、なんて夢は大きく描いてます(笑)。

     

    いまの青梅との距離、そして暮らす価値

    中学の同級生で、サッポロ生肉やジンギスカン(東青梅)の店長・中田さんと

    ――いま、青梅とはどのように接点を持っていますか。

    年に数回は実家に帰っていますね。家族や友達と会う時間がメインです。あんまり観光的にどこかに行く、っていう感じではないんですけどね。両親と青梅から近いところに泊まりに行ったりすることはありますね。あとは一人で飯能に足を延ばしたりとか。サウナや温泉が好きなので、河辺の「河辺温泉 梅の湯」も気になってます。

    ――時間があれば、どんな風に青梅で休日を過ごしたいですか?

    今は車を運転できるので、子どもの頃とは全然違う視点で街を見られると思うんですよね。当時は行動範囲も限られていたし。今なら青梅だけじゃなくて、近隣の街にも遊びに行けますしね。人生経験も増えているので、当時は気づかなかった魅力に気づける気がします。大人になってから知る青梅の魅力って、きっとあると思います。だから、改めていろんなところを回ってみたいですね。

    ――改めて、青梅で暮らす価値とは?

    こんなに都心に近いのに、ちゃんと“帰ってきた感”をくれる街って、かなり珍しいと思うんですよね。ちゃんと“ふるさと感”がある。何時間もかけて、何回も乗り継いで、やっと辿り着く場所を“ふるさと”に持つ人も多いじゃないですか。でも青梅は、短距離で来られるのに、ちゃんと「ただいま」って言える空気がある。それって結構贅沢だなと思います。都内から見ると遠いイメージかもしれないですけど、自然が近くて、必要なものは揃っていて、電車一本で座って都心に行ける。時間をちゃんと使える街だと思います。

    幼いころ、体調を崩した際に出前をお願いしていた「大むら」の鍋焼きうどん。味噌ラーメンも想い出の味

    ――最後に、移住を検討するみなさんへメッセージをお願いします。

    移住を考えるってことは、きっと人生をちゃんと考えている時期だと思うんです。本当の豊かさって何だろう、とか。後悔のない人生を送りたい、とか。青梅は、自分と向き合える余白がある街だと思います。のんびりしている分、ちゃんと考えられる時間がある。何かに追われて終わるんじゃなくて、自分の人生を、ちゃんと描ける場所だと思います。そういう意味では、永住にもすごく向いている街なんじゃないかなって思います。

    桜並木、公園のベンチ、祭りの灯り、電車の移動時間。
    青梅で育った時間は、過去の思い出ではなく、いまも音楽の奥で鳴り続けています。
    そしてこれからも、この街とともに、新しい音が静かに生まれていくのかもしれません。

     

    Profile

    橋口洋平 | wacci ボーカル&ギター/シンガーソングライター

    1983年生まれ、東京都青梅市出身。青梅市立第四小学校、青梅市立霞台中学校卒業。
    2009年にwacciを結成、聴く人それぞれの“暮らし”にそっと寄り添うポップスを届ける5人組バンド。楽曲のほぼすべての作詞・作曲を担当。15歳から路上で弾き語りを始め、一般企業で営業職を経験後、脱サラして音楽の道へ。鈴木雅之、Uru、WEST.、Hey! Say! JUMPなどへの楽曲提供も行う。
    2018年リリースの「別の人の彼女になったよ」ならびに2022年リリースの「恋だろ」がストリーミング総再生数2億回を突破。「恋だろ」は第64回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。結成15周年を迎えた2025年2月にはBillboard Live Tour、9月には「wacci park 2025 at 日比谷野外音楽堂」を成功におさめ、全国ホールツアー「wacci Hall Tour 2025-2026 ~憧憬~」を敢行。2026年1月にはそのアンコール公演として韓国と台北でもライブを開催。

     

    ※取材:2026年2月