シンガーソングライター/ギタリスト君島 大空

独自の世界観と繊細な音で注目を集める、君島大空(きみしま おおぞら)さん。幼少期から20代前半まで、人生の基盤となる時間を東京都青梅市で過ごしました。
自然の中で過ごした日々や、図書館で出会った言葉や音、そして静けさの中で育まれた感性。それらは現在の創作にも深くつながっています。
君島さんにとって、青梅とはどのような場所なのでしょうか。その記憶と感覚をたどりながら、“ふるさと青梅”の魅力をひもときます。

生まれたときからですね。1995年に青梅で生まれて、24歳になる手前くらいまで過ごしました。弟が生まれたのを機に、途中で父の実家がある奥多摩でも暮らして、しばらくしてまた青梅に戻ってきました。そのあと、本格的に音楽活動を始めるタイミングで青梅を出ました。ちょうど自分の作品をリリースする時期で、「CD出るぞ」ってなって、「じゃあ引っ越しでもするか」みたいな、けっこう勢いでしたね。実家暮らしだったので、自分に発破をかける意味もあったと思います。
めちゃくちゃアクティブでしたね。でも図書館も好きだったのでインドアっぽく見られることもあるんですけど、「インドア系の自然児」というか(笑)。ひとりで外に出て、ひとりで本を読んで、ひとりで川に潜っていました。
川では、潜って魚を突くんですよ。父がそういう遊びを全部教えてくれて。水中メガネの曇り止めになる草とか、マムシの匂いが分かるとか、そういう都心部ではあまり使わないスキルばかり身についていましたね(笑)。

家族と訪れていた河辺駅近くの「はちのこ食堂」。想い出のメニューは、ナスのみそ焼定食
顔を上げなくても、目線の先に空があったり、山があったりすることですね。ちょっと歩けば川に降りられるし、丘にも登れるし、本当にすぐ自然に触れられる距離にあった。特別な場所というよりは、日常の中に自然がある、という感じです。その環境が自分にとって“一番の栄養”になっていたと思います。
地元のお祭りがあったことは、離れてみてすごくよかったことだなと思います。青梅ではやっていなかったんですけど、奥多摩で囃子をやっていて、太鼓を叩いたりしていました。父が囃子連に参加していたので、自然とそういう文化の中にいた感じですね。
「青梅大祭」は今でも続いていますし、親戚がやっている祭用品店で店番をした思い出もあるので、そういう地域の行事がちゃんとあった、というのは、自分の中ではすごく大きいと思います。

足りないと感じたことは、あまりなかったですね。いま振り返るといろいろあったのかもしれませんが、そのときに「何かが足りない」と思っていた感覚はなかったです。
音楽を聴くのが本当に好きだったので、環境としては、静かなほうがよかったんです。夜に小さいスピーカーで音を鳴らしても、街が静かだから、すごくリラックスして聴けるんですよ。
実家が坂の下にあって、河辺駅からも少し離れているんですけど、夜になると、山に反射して電車の音が聞こえてくるんです。それがすごく好きでした。
なんとも言えない、すごく“いい感じ”というか。音が少ないからこそ、ひとつひとつの音がちゃんと届いてくるんですよね。そういう環境の中で、無意識に耳が育っていたんじゃないかなと思います。

特徴ある外観で気になっていたという「亀の井ホテル 青梅」は釜の淵公園に隣接し、青梅の街と山々を一望できる
すごく感じました。都心って、音が多すぎるんですよね。自分が思っている以上に、耳がずっと働いているというか。それがストレスになることもありました。
青梅で過ごしていたときは、そういうことを考えたこともなかったんですけど、あとから振り返ると、音の少なさにすごく救われていたんだなと思います。
つながっていると思います。音が少ない場所にいると、耳の力が抜けるというか、自然とリラックスできるんですよね。逆に、音が多い場所にいると、気づかないうちにずっと緊張している感じがあって。だからこそ、静かな環境の中で音に向き合う時間が、自分にとってはすごく大事な時間なんだと思います。

友人と遊んだり、成人式が行われた住友金属鉱山アリーナ青梅も想い出の地
めちゃくちゃ大きかったですね。青梅って図書館がいくつもあって、自転車で回れる距離にあるんですよ。それで、いろんな図書館をはしごしていました。
通いすぎて、それぞれの図書館の特徴もなんとなく分かるようになってきて。「ここはこういう本が強いな」とか、「こっちは静かで落ち着くな」とか。
ひとりでずっと通っていました。現代詩にハマった時期があって、詩集を読み漁っていたんですけど、そのときに吉増剛造に出会って、「現代詩、最高!」ってなって。そこから『現代詩手帖』を読んだり、図書館で取り寄せてもらったりしていました。
そもそもの音楽との出会いは、父親がギターを弾いていたことがきっかけで、5歳から弾くようになったのですが、青梅市中央図書館の存在は、音楽の世界を広げてくれたという意味ですごく大きいです。
CDとDVDの貸し出しがあって、当時はお金もなかったので、「これ最高じゃん」って思って通っていました。しかもリクエストカードがあって、「これはさすがにないだろうな」と思うようなアンダーグラウンドなタイトルを書いても、ちゃんと入れてくれるんですよ。2週間くらいで棚に並んでいて、「すごいな……」って思いました。
とにかく使ってましたね(笑)。一度に借りられるだけCDを借りて、家に帰ってパソコンに取り込んで、 また借りに行く、みたいな。1日に何往復もしたこともあります。
当時って、まだサブスクもなかったですし、インターネットで音楽を聴く時代でもなかったので、いろんな音楽に触れられたのは、あの中央図書館があったからだと思います。レンタルショップよりも、ラインナップがよかった印象があります。
CDのセレクトがすごくおもしろいんですよ。ただ有名なものを並べているというより、「この2枚を選ぶならこれを置く」というような、誰かの意思が感じられるというか。「この棚、誰が選んでいるんだろう」とずっと思っていました。顔は見えないけど、自分の音楽の好みをわかってくれている“理解者”がいるような感じがして。
自分にとっては、外の世界とつながる窓でしたね。青梅って自然が豊かな場所ですけど、図書館があったことで、そこからさらに外に世界が広がっていく感覚があって。場所としてはローカルな印象があると思うんですけど、感覚としてはすごく開かれているというか。そういう環境があったのは、いまの自分にとってすごく大きいと思います。

ギターの練習をしていた、河辺下グラウンドの河川敷
つながっていると思います。河辺下のグラウンドに、緩やかな階段があるんですけど、そこで夕方からギターの練習をしていました。空がすごく広くて、西に向かってだんだん赤くなっていくグラデーションを見ながら弾くのが好きで。
車の出入りを制限するために夕方には門が閉まるのですが、そこからが自分の時間って感じで、広い空間をひとり占めできるんです。青梅のいろんな場所を、ひとり占めしていたなあと思いますね。
自分は、まず映像が浮かんで、それをどう音に変換するか、という作り方をしているんですけど、その原点は、河辺下のグラウンドにあると思います。青梅で見ていた景色とか、空気感みたいなものが、そのまま自分の中に残っていて、それをどう音にするか、という感覚で作っている感じです。
夜の時間ですね。散歩が好きで、夜になるとふらっと外に出て歩いていました。青梅ってちゃんと暗いんですよね。都心部だと、夜でも完全には暗くならないじゃないですか。でも青梅は、本当に暗い。だから、外にいるのにひとりの世界に入れるというか、没入できる感じがあるんです。
かなりしていると思います。リラックスしているんですけど、すごく集中している状態というか。そういう状態に入れる環境があったことは大きいですね。
青梅はすごく集中できて、リラックスもできます。都心部は、リラックスするにしても選択肢がすごく多いんですよね。お店に行ったり、人と会ったり、いろんなことができる。でも、自分にとってのそれは“気を紛らわす”ことにしかならなくて。都心部には楽しい娯楽がたくさんあるんですが、たいていの娯楽の癒しは自分には効かなくて。
青梅で過ごしていた“時間がないみたいな時間”というか、ああいう時間の質を知ってしまっているので、それが集中とリラックスの基準になっている気がします。そういう時間の中にいると、自分が一番自然な状態に戻れるというか。それが、自分にとってはすごく大事な感覚なんだと思います。

こちらの「コロッケととんかつが絶品!」と紹介された、青梅駅近くにある一松肉店
ひとりになれる場所、というよりは、“ひとりの世界に入れる場所”という感じが近いと思います。広くて、静かで、自分以外のものがあまり入ってこない環境というか。そういう場所にいると、自然と自分の内側に入っていける感覚があるんですよね。
自分の中に、外に向けた自分と、内側にいる自分みたいな“ふたりの自分”がいて。人と話すときの自分って、どこか外向けの自分が働いている感じがあって、そいつの顔色とか声色とかが、あまり好きじゃなくて(笑)。青梅にいると、そういう外向きの自分がいなくなるというか、本来の自分ひとりだけになる感覚があるんです。
そうですね。人ってどうしても変わっていくものだと思うんですけど、自然はあまり変わらないじゃないですか。街もお店がなくなったり開発されたりして変わっていくし、人の関係も変わっていく。それはそれで大事なことなんですけど、それとは別に、変わらない自然がそこにあるという安心感があって。
例えば、同じ季節に行けば、同じように桜が咲いているとか。「ここに来ればこれがある」と思えることって、自分にとってはすごく大きなことなんです。毎年ちゃんと巡ってくる季節がある、というか。それが一つの“約束”みたいに感じられるんですよね。
自分を受け止めてくれる場所、という感覚があると思います。特別なことをしなくても、そこにいるだけでいい、というか。そういう環境があることは、自分にとってすごく大きいですね。
人がふるさとを離れたくなる理由って、いくつかあると思うんですけど。人間関係だったり、あとは「田舎すぎる」みたいなことだったり。でも、自分はそのどちらでもなくて。都心部のことをキラキラしていると表現することもありますけど、自分にとっては、青梅のほうがよっぽどキラキラしているんですよね。夏の青梅なんて、本当にキラキラしてますし(笑)。自分のなかから、なくなることはない場所。それが青梅です。
なるべく早く来たほうがいいです(笑)。夏になる前に来たほうがいいですね。

変わらない風景のなかで、静かに流れる“青梅時間”に身を置く。
青梅の自然は、変わらずそこにあり、君島さんをそのままにしてくれる場所です。
君島大空 | シンガーソングライター/ギタリスト
1995年生まれ、東京都青梅市出身。青梅市河辺小学校、青梅市立霞台中学校卒業。
2014年より活動を開始し、SoundCloudで多重録音による楽曲公開をスタート。2019年『午後の反射光』で本格的に作品発表を行い、FUJI ROCK FESTIVAL「ROOKIE A GO-GO」出演などで注目を集める。ソロ活動のほか、吉澤嘉代子、鬼束ちひろ、adieu(上白石萌歌)らのサポートや楽曲提供など、幅広く活動している。現在も数ヶ月に一度のペースで青梅を訪れ、在住の音楽仲間のスタジオに足を運んでいる。2026年6月17日には3rdアルバム「花落知多少」(読み:はなおつることしるたしょう)をリリース。
※取材:2026年4月