INTERVIEW 12

畑から心ゆたかな体験・場づくりを行う
カラフル野菜農家

農場主
繁昌 知洋

  • 都内にありながら農業ができる場所

    「農業というと地方のイメージがあると思うのですが、僕も最初はそういったところに憧れていて……」。2016年、青梅市に移住し新規就農した繁昌さんは、当初地方移住を考えていたという。「生まれが小平市なので将来的に首都圏で農業できる畑が見つかったらいいなとは思っていたんです。立川市の農家さんで研修する機会があって、都内にも畑があって農業ができることを教えていただきました。自然豊かでなおかつ畑もある青梅は、小さい頃鉄道公園などに連れていってもらった場所なので、ご縁があったのかなと移住を決意しました」。実家のある小平市と同じ都内で、その雰囲気が似ていることもあり、安心して移住できると思えたのもひとつの理由だと語る。

    仕事場である畑を探したとき、青梅の自然あふれる環境に繁昌さんは「本当にここは東京なの?」と感じたほど。「近くに川が流れていたり野生動物がいたり、町が近いのに少し入ると山がある。青梅は、森と山の玄関口なんだと足を運んですぐに体で感じられて、ここはすごくいい場所だなと思いました」。

    “東京だからこそ受け入れられる”多種多様な野菜

    繁昌さんは、東京の固定種である江戸東京野菜だけでなく、日本各地の伝統野菜、西洋の野菜など、年間140種類もの野菜を育てている。それは青梅の土地だからできることでもあるのだそう。「富士山の火山灰が積もった黒ボク土という土があるので、なんでも育てやすいのがひとつの特徴だと思います」。また、青梅の温度環境が野菜のおいしさにもつながっているという。「地区によって違うとは思いますが、僕の住んでいる岩蔵温泉や富岡がある飯能寄りの地域は、山に囲まれた盆地のため朝晩は市街地よりも2、3度気温が低いんです。寒暖差が激しいと野菜に適度なストレスを加えて育てることができるので、味がしっかり乗るんです」。

    主な出荷先である東京都内や地元・青梅にはカラフルでめずらしい野菜を手にとってくれる人々がいることも繁昌さんが多品目栽培をしている理由だ。「もちろん変わった野菜を置いておくだけでは売れません。レシピを書いたりSNSに投稿したりするとお客さんは喜んで買ってくれます」とさまざまな工夫をしている。きちんとPRをすれば消費者とのつながりが増えると実感している繁昌さん。そうして生まれた距離の近さから市民ベースで生産者を応援していこうという取り組みにも広がるため、農業の魅力を発信する場としても青梅は理想的だと感じているそう。

    食を伝える新しい農業のかたち

    生き物が大好きで、自宅で数々の水生生物や鳥を飼う繁昌さんは、大学では海の研究をしていた。自然とかかわる仕事がしたいと思い行き着いたのが農業だった。「森の落ち葉で堆肥を作り、それを土に還元して育てるという、自然の生態系の流れのなかでの野菜作りが叶うのも青梅の魅力です。そんな循環のひとつである農業の素晴らしさを知ってもらいたい、そこでできた野菜を多くの人に食べてもらいたいと強く感じ始めたんです」。

    現在、繁昌さんは、1年を通して種まきから収穫して食べるまでを行う米作り体験ができる「米人になろうプロジェクト」や畑での農業体験、子ども向けの農業講座を担当するなど、新しい農業の形として食の体験や食育にも力を入れている。「子どもたちが大人になったときに、土を触ったり野菜を育てたりした経験のあるなしで環境に対する意識が違ってくると思うんです。そういう場を子どものうちから作っておくのが僕の使命なのかなと思って。ゆくゆくは子ども向けの食の学校みたいなものを作りたいと思っています。今後、社会的にも健康や食、農が大切な時代になってくると思うので、青梅でなら時代にあった暮らしを実現できるのではないかなと想像しています。1時間ちょっとで都心にも出られますし、そういった意味ではちょうどいいところだと思いますね」。

    繁昌さんは移住してから食育や農業体験の活動を始めたが、青梅にはそんな新しいものを受け入れるオープンさがある。「開業するなど目的をもって移住した人が多く、移住者同士のつながりもあります。一緒に何かをやってみようという話はよく聞きますね」。移住者でもどんどん挑戦できる環境も青梅の魅力だ。

    自然のなかで自分らしく生きる

    「毎日がすごく充実しています」と青梅での生活を語る繁昌さん。自宅の裏にある山や川が繁昌さんにとっての遊び場。「夏になると近所の子どもたちと一緒に川遊びをしています。網を持って魚を取ったり生き物観察をしたり、日常のなかでできるのが素晴らしいなと思うんです」。

    農業体験で畑に来る人たちにも素手で土に触れてもらい、裸足で土を踏んでもらう。原体験的なことをしてほしいと言っているが、それが叶う環境も青梅ならでは。繁昌さんには、自然のなかで生きるほうが自分らしさが出る、個性をのびのび発揮できることを伝えたいという思いもある。都心に出ると「いいな、野菜を育てているんだ」と言われることが多く、繁昌さんのような生活に憧れている人が大勢いることに気付かされるそう。「現代人はオフの時間があまりにも少なすぎると思うんです。青梅には普段は社会で揉まれながら生きていく人がリフレッシュできる場所がたくさんあります。ここに住んで休みの日はゆっくりしたり、自然と触れ合う時間を増やしたりすることが、今の人間に必要なんじゃないかなと思っています」。

    Profile

    繁昌 知洋 | 農場主
    東京都出身、30代。2016年に青梅に移住し、3反の畑から「繁昌農園」をスタート。農業と食を通じて都市と自然を結び、人間性を豊かにすることを目指している。青梅で好きな場所は、山に囲まれたなかに一面田んぼが広がる乙黒耕地。春に成木川沿いの桜並木でする花見が最高だそう。

    取材:2024年2月

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