INTERVIEW 14

築100年の古民家に命を吹き込み、バトンをつなぐ
スキーショップの創業者

遠藤 庄二
遠藤 美輝子

  • 家探しはご縁から

    JR東青梅駅から徒歩15分。木々たちに囲まれた古民家は、2024年6月にスキー用品のショールーム「BLOSSOM OUME BASE」として生まれ変わった。ショールームのオーナー兼住人である遠藤夫妻は、ともに北海道・札幌の出身。主戦場は“雪の上”というふたりは、なぜ青梅を拠点に選んだのだろう。

    「大学進学を機に上京し、都内で学生や社会人生活を経て、八王子に長く住んでいました。そこで知り合ったシフォンケーキ屋の店主が、息子のようにかわいがってくれて。コロナ禍を経験したこともあり、屋外でイートインができる店舗を探したいというので、一緒に物件を探すことになったんです」しかし、八王子では望む物件に出会えず、検索範囲を広げたところ、現在の古民家にたどり着いた。

    自然を大切に、共に生きる、アイヌの教え

    知人のシフォンケーキ屋店主とともに内見に行った庄二さん。繊維産業で栄えた青梅ではよく見かける、寝具の生地を織る夜具地の工場を併設した古民家だった。数年間主人不在の母屋は工場側へ傾き、天井ははがれ落ち、大掛かりなリノベーションは避けて通れない状態……。元々物件を探していたシフォンケーキ屋店主は諦めたが、その隣で庄二さんは“ここに住みたい!”と強く感じていた。手がかかりそうな古民家を前に、庄二さんが見ていたのは、家ではなくその環境だった。

    札幌出身の庄二さんには、アイヌにルーツをもつ知人がいる。「この古民家を見たとき、“人は山と川があれば生きていける”という知人の言葉がパッと浮かびました」たしかに、古民家の裏手には雑木林の裏山が、目の前には小さな川が流れている。さらに俯瞰で青梅を見渡せば、御岳の山々と多摩川が広がっている。自然を信仰するアイヌの教えのとおり、この場所なら夫婦ふたりで安心して長く暮らせるかもしれない。そんな直感に導かれ、知人の物件探しを手伝っていたはずが、いつしか理想の住まいとして、青梅の古民家は庄二さんの頭から離れない存在になっていた。

    移住・定住支援制度を活用して青梅市民になる

    紆余曲折ありながらも、念願叶って青梅の古民家を手に入れた遠藤夫妻。その道のりを支えてくれたのは、青梅市役所の面々だったと教えてくれた。あの古民家に住みたいと思った日から、青梅市の移住・定住支援制度を調べたという庄二さん。空き家を活用する人への改修代金の助成や、青梅で創業する人への補助金などさまざまなサポートがあることを知り、早速、市役所へ。「窓口の方がみんな明るくて、なにを聞いても親身にに教えてくれて。ここなら住んだあとも、いろいろ相談にのってもらえそうだと思い、移住を決意したことを覚えています」と当時を振り返る。

    また、冬になると国内各地のスキー場へ車で移動する夫妻にとって、青梅は都心の渋滞を避ける理想的な場所でもある。「我が家からスキー場に行く方が早いので、前泊したいと話す友人や知人もいるんですよ」と美輝子さん。青梅は山や川遊びが好きな人が訪れるが、都内のスキーヤーにとっても最高の拠点なのだ。

    リノベーションに奮闘。自然を愛でる日々

    2023年12月に古民家を引き継いだふたりは、半年をかけて自分たちの手でコツコツと改修を重ね、2024年6月にショールームをオープン。天井がはがれ落ち、傾いていた母屋はきれいにリノベーションされ、畳敷きの和の空間には北イタリア生まれのハンドメイドスキー「BLOSSOM SKIS」を中心にスキー板がズラリと並ぶ。そのBLOSSOM SKIS は海外でのレース経験から惚れ込んだ拘りのブランドなのだ。

    「工場だった建物をショールームにしたかったのですが、そこを作業場にしながら母屋の改修に取り掛かったので、和室がショールームになりました。和の空間にイタリアのスキーが並ぶ風景も悪くないかな」と庄二さんは笑う。実は、大工でもある庄二さんは、柱や梁の状態を見極めながら、美輝子さんや知人たちの手を借りて、ほぼ自力でリノベーションを行っている。

    一方の美輝子さんは、家の周りを取り囲む庭の散策が毎朝のルーティンになり、スマホの画像検索を駆使しながら、庭木、草木、鳥や虫などをチェックする日々。毎朝庭に出ると、日々移りゆく自然の姿に夢中になって時間を忘れてしまうそう。「最近は、洗濯機を回して庭に出て、洗濯が終わるブザーが聞こえたら家に戻る。こんなタイムマネジメントをして、朝のパトロールを楽しんでいます」

    青梅の印象。それは“若き職人の街”

    青梅市民となって半年。この家で初めて過ごす夏や秋はどんなものになるのだろうと、期待に胸を膨らませているふたりに青梅の印象を聞いてみた。「若い職人さんたちが、たくさんいますよね。興味があるお店に行って話しを聞いてみると、みなさん信念をもっていて、しっかりと自分に向き合い、将来のことを真剣に考えている方ばかりで、頭が下がります」 大工でもある庄二さんはもちろん、ふたりとも幼い頃からスキー選手として自己鍛錬を重ねているため、共感する話題が多かったようだ。特に“若い世代”の職人が多いことに注目しているふたりは、期待しかないと語ってくれた。

    次世代につなぐための家づくり

    古民家リノベーション。これは、移住や複数拠点生活を夢見る人々にとって憧れのキーワードのひとつ。しかし、現実はそう甘くはない。コストを抑えるために自力でリノベーションを始めたものの、終わりが見えずに手放す人もいる。また、工務店に見積もりを依頼してみた結果、新築を建てられるほどの金額だと知り、新築を選ぶ人も少なくない。挫折する人が多いなか、なぜ遠藤夫妻は日々リノベーションに奮闘できるのか?

    「この家と土地を守り続けてくれる人に家を売りたい。それが家主のたったひとつの約束だったんです。築100年以上と推測されるこの家に住むことは叶わなくても、この家と自然を後世に残してほしいという家主の想いがありました」 スキー選手として、大工として、気候変動を肌で感じ、スキー場の栄枯盛衰を目の当たりにしてきたふたりだからこそ、その想いに共感できたのだろう。

    「自分たちが手をかけて直すことで、この先さらに100年住める家にしたい」と語りながら、遠藤夫妻は古民家の庭で楽しそうに遊ぶ子どもたちの写真を見せてくれた。「リノベーションしたこの古民家は、一緒に”共感”し、働く仲間とその子どもたち、”BLOSSOM SKISの仲間”に引き継ぐ予定です。私たちが家主から受け取った想いを、次の世代につないでいきます」

    朝日の温もりを感じる縁側、小魚が泳ぎホタルが舞う小川、冷涼な風を送り込む裏山、疲れを癒す満天の星空。古民家を取り巻く青梅の豊かな自然は、良き家守の手によってこれからも変わることなく守られていくのだろう。

    Profile

    遠藤 庄二  | スキーショップの経営者
    遠藤 美輝子 | スキーショップの経営者

    庄二さん(60代)と美輝子さん(50代)は札幌出身。1972年の冬季オリンピックに熱狂する札幌に生まれ、スキーの道へ進む。ともに元アルペンスキー全日本ナショナルチーム所属で、庄二さんは海外メーカーの国内レーシングサービスマン、美輝子さんは現役のアルペンスキー国体選手として活躍中。2023年から青梅市在住。
    庄二さんのお気に入りスポットは、のびのびとアウトドアを楽しめる我が家の周辺。美輝子さんのお気に入りスポットは、時間を忘れる程、自然を感じられる我が家の周辺と、ふたりとも移り住んだ我が家に大満足。

     

    取材:2024年6月

  • INTERVIEW 10
    青梅をこよなく愛す生粋のお祭り男
    老舗「寿々喜家」4代目店主
  • INTERVIEW 14
    築100年の古民家に命を吹き込み、バトンをつなぐ
    スキーショップの創業者