INTERVIEW 07

見聞を広げて得た知識を活かす
老舗旅館の6代目女将

儘田 菜つ美

  • 青梅に戻るまでのモラトリアムな時間

    「この旅館を継ぐ運命なら、好きなことをやらせてもらおうと」と語るのは、旅館「儘多屋(ままだや)」の6代目・儘田菜つ美さん。JR河辺駅から車で18分ほど、美しい風景が広がる里山に数軒の旅館が並ぶ岩蔵温泉郷がある。都内唯一の温泉郷といわれる岩蔵温泉郷は、団体客の需要が年々減少し、2023年時点で残る旅館は「儘多屋」一軒のみ。将来の進路を決める高校生の頃には、旅館を継ぐのは自分しかいないだろうと漠然と思っていたという儘田さん。就職のために大学へ進むのではなく自分のやりたい学問を追究したい、モラトリアムな時間を過ごしたい、と大学へ進んだ。卒業後も、社会人、結婚、と青梅市以外での人生を送っていた。

    Uターン移住者として地元と出会い直す

    夫の実家がある埼玉県で2年ほど暮らしていた儘田さん。年を重ねるごとに、旅館を継ぐその日が刻々と近づいていた。「市街地での暮らしが窮屈に感じるようになり、疲れた日はなおのこと、岩蔵の里山の風景を思い出すようになって」 地元が恋しくなり始めたのが合図のように、旅館を継ぐタイミングも重なり、儘田さんは青梅市に戻ってきた。戻る前と比べて、青梅市・岩蔵エリアはどう映るのか? 「車に乗れなかった子ども時代に比べたら、運転できる今はなんの不便も感じません。生活に必要なものは車で少し行けば手に入るし、ライブや美術展に行きたければすぐ都心に出られますしね」と儘田さん。都市部での生活を経験したからこそ、都市部に近い里山暮らしが自分の性に合うことがわかったと語る。

    岩藏を愛する仲間たちとともに活動する日々

    市を横断するJR中央・青梅線の印象が強い青梅市だが、ここ岩蔵エリアは埼玉県との県境に位置し、西武線飯能駅まで車で10分ほど。飯能駅から西武池袋線の特急に乗れば30分ちょっとで池袋駅に着く。また、静かな山あいにあり、青梅市のなかでも農地が広いエリアだ。そのため、新規就農者が多く、就農移住者もここ数年目立つようになった。そこで2021年に仲間たちと結成したのが、「岩蔵エクスペリエンス」という岩蔵の魅力を発信するプロジェクト。儘田さんと同じように青梅に生まれ、様々な人生経験を積んだのち地元の魅力を再認識したメンバーを中心に、農業や里山体験などのイベントを開催している。活動拠点でもある旅館『儘多屋』がイベント会場になることも多く、イベントがある日は告知してすぐに満室になることも珍しくないとか。

    未来の岩蔵エリアのために、今できること

    儘田さんが、旅館業と並走してでも町おこしに注力する理由がある。それは、子どもたちの未来のため。「我が子が通う小学校は、ひと学年5人~10人ほど。自然に囲まれながら土や農にも触れられ、地元とも交流が深い、素晴らしい学校です。少人数教育のため学習面でもきめ細やかな指導が受けられます。しかし同じ時代を生きる仲間は、もう少し多いほうが良いし、150年の歴史のある地元の学校がなくなって欲しくない」と母である儘田さんは語る。そのためにも「岩蔵エクスペリエンス」の仲間たちとともに、関係人口を増やすためのイベントや里山の自然を守るために持続可能な農業を考える時間は、尊いのだ。また、儘田さんにはもうひとつ武器がある。進んだ大学では、文学部史学科地理学を専攻し、卒論では岩蔵の民俗について研究した。地図や古文書を読んでいると心が落ち着き、時間を忘れるという儘田さんは、歴史民俗が大好き。2022年から青梅市文化財保護指導員として、古文書や資料を読み解き得た知識を使い、青梅市の魅力を市内外へ伝えている。

     

    「岩藏は他のエリアに比べると、まだまだのびしろがあります。新しいことを始めたい人は、ぜひ岩藏へ!」と笑顔の儘田さん。着実に就農移住者が増えている岩藏エリア。昔から多くの客人を歓迎してきた温泉郷は、儘田さんのように懐が深い人が多いのかもしれない。

     

     

    Profile

    儘田菜つ美 | 女将

    東京都青梅市出身、40代。老舗旅館「儘多屋」の6代目女将。社会人時代に一度青梅市を離れるが、2008年頃にUターン移住。週末限定の宿となった「儘多屋」を営みながら、半農半旅館の生活を送る。儘田さんのお気に入りスポットは、江戸時代から続く田園風景が広がる「乙黒耕地」と、青梅へ移住した夫婦が旧織物工場内で営むトルコの織物ギャラリー&カフェ RugTime Labo。どちらも息抜きしたいときにぴったり。

    取材:2023年3月

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