INTERVIEW 11

スープが冷めない距離は快適で安心
三世代家族

荒井 三枝子
荒井 健志
荒井 康志

  • 移住は三世代暮らしのはじまり

    三世代がひとつ屋根の下や同じ敷地に暮らすという家族のあり方は、いまでは珍しい。今回は、都心から夫の実家・青梅市に移住した夫婦と、その家族を迎え入れた義父の3人に三世代での暮らしぶりについて聞いてみた。妻の強い意向で始まったこの移住生活には、夫の葛藤や義父の喜びなどさまざまな感情がうずまいている。6年間の移住生活がもたらした家族の変化をそれぞれの視点で振り返ってみる。

    義父母のあたたかさに支えられた移住生活

    「2歳差の小さな子どもふたりを抱え都心のマンションで、ワンオペ状態で育てるのはかなりきついと思いました」と当時を振り返り笑う、妻の三枝子さん。フリーランスデザイナーの三枝子さんとIT企業で働く夫と赤ちゃんの三人暮らしは、二人目妊娠を機に大きく転換する。結婚当初から頻繁に青梅市へ帰省していたこともあり、歴史ある昔ながらの町並みや地元の人々のあたたかさなどを知っていた三枝子さんは、今すぐお義父さんたちの家の近くで暮らしたいと夫に何度も相談。念願叶って、釜の淵公園近くにある夫の実家の敷地内で三世代家族の暮らしがはじまった。

    「ペーパードライバーだった私の危ない運転にお義父さんが付き合ってくれたり、仕事に集中したい日はお義母さんが子どもたちの遊び相手をしてくれたり。本当に近くに移住してきてよかったと、6年経つ今も感謝する毎日です」と三枝子さん。移住して間もないころ、仕事が早く終わりふらりとひとり町の居酒屋へ。女性のひとり客が珍しいのか、席に座るやいなや店主と客の視線が三枝子さんに突き刺さる。気まずさを抱えたままお酒を飲んでいると、店主に「どこから来たの?」と聞かれ、義父の名前を出したところ店内の空気が一瞬で変わった。「やっちゃんちの嫁なのか〜、早く言ってよ〜って笑顔になったみんなと乾杯して。青梅に受け入れてもらえた瞬間でしたね」

    三枝子さんがこの町で歓迎されるたびに、義父母が地域に貢献している恩恵を私たちも受けていると実感している。義父母に誘われ地元の行事に参加したりし、三枝子さんの人との繋がりも増えていった。今では「ここで生まれて育った自分より、地元の友だちが多いくらい」と夫に言われるほど。子育てのために借りたかった義父母の手は、子どもたちだけでなく、三枝子さんをもあたたかく包んでいる。

    通勤時間と引き換えに得たもの

    「青梅に移住したいと妻に言われたとき、正直、どうしようかな……と迷ってしまって」と語る夫の健志さん。都心の家から職場までの通勤時間は、電車で15分程度。仕事の多忙さにプラスして、青梅から通うことを考えると気が重かった。そんな葛藤のなかでスタートした故郷での移住生活は、健志さんになにをもたらしたのだろう。「いざ青梅駅から都心への通勤をはじめてみたら、朝は始発なので確実に座れるし、メールチェックやゲームにちょうどいい時間で。帰宅後に子どもたちと触れ合う時間が少し減ったけど、その代わりにひとり時間をもらった感じですね」

    通勤時間がそれほど問題でなかったことに気づけた健志さん。移住後にハマったという趣味について教えてくれた。「庭付きの一軒家に暮らせたことで、アメリカ・テキサスなどで人気の豪快に肉をグリルするBBQにハマりまして。もちろん、隣近所に流れてしまう煙にも気をつけながらですが、本場さながらのグリル道具を使って焼くお肉はどれもおいしくて、家族にも好評です」とご満悦。

    妻の三枝子さんは、ご近所への煙やニオイの問題よりも、都心のマンションだったらグリル道具を収納するスペースがなくて、テキサス流のBBQが趣味になることはなかっただろうと笑う。移住をきっかけに新しい趣味の扉が開き、深く掘ることを楽しめるのも、妻と子どもがこの町での暮らしを楽しんでくれているおかげだと語ってくれた。

    息子家族が“新しい風”になる

    多摩川が近くを流れる青梅市大柳町で生まれ、70年以上暮らすのが健志さんの父・康志さん。息子家族が近距離に移住してきてうれしかったことは聞くまでもないが、移住者を受け入れる側の気持ちについて聞いてみた。「大柳町は、かつてマンションが続々建った時代があり、福島や青森、北海道など全国から若い人たちが流入してきました。そのため、地元の人が多く暮らす地域よりも、移住者を受け入れて一緒に楽しもう!という風土が根付いている気がします」

    若い人が住み着き、結婚・出産で人口が増え、商店街もにぎやかだった時代と商店が激減した現在を比べると、少し悲しい気持ちになるのは仕方がない。生鮮食品や日用品を買うのに車が必要な今、近くに息子夫婦や孫たちが暮らしていることは、とても心強いという。「私たち親世代でも子どもたちと同居したいと思う人は減っているけど、スープが冷めない距離に三世代で暮らすのは、お互い助け合えるし安心できる」と微笑む。

    息子家族が近距離に暮らすことで、一緒に行動することが多くなった康志さん。なかでも三枝子さんが誘ってくれたリバークリーン活動では、若い世代の友だちが増えたのだとか。息子家族が新しい風になって、康志さん夫妻にも日々の充実と安心を運んでいるようだ。

     

    Profile

    荒井 三枝子 | デザイナー(フリーランス)
    荒井 健志  | 会社員

    三枝子さんは岩手県出身、40代。市内でのイベント告知チラシなど在宅ワークで紙媒体のデザインをしている。健志さんは東京青梅市出身、40代。都心にあるIT企業に努める会社員。現在は、義父母の家から徒歩3分ほどの戸建てで家族4人暮らし。三枝子さんのお気に入りスポットは、子どもたちの七五三でもお世話になった「武州青梅金刀比羅神社」。健志さんのお気に入りは、BBQ世界大会出場者が店主のBBQ専門店「駅前BBQ B-YARD」。

     

    取材:2023年12月

  • INTERVIEW 01
    多摩川への恩返し
    釜の淵リバークリーンの発起人
  • INTERVIEW 02
    移住は人生を考えるきっかけ
    一軒家リモートワーカー