インタビュー
INTERVIEW 23
愛犬と古民家に導かれて
人が集う未来をつくる夫婦
加島 陽
加島 祥子
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愛犬との暮らしが、移住のはじまり
2011年の東日本大震災、そして2020年のコロナ禍。社会の変化は、加島夫妻の暮らし方にも少しずつ影響を与えていた。「30代の頃から、50代になったら拠点を変えて、1階がカフェで上が住まい、みたいな職住隣接の暮らしができたらいいね、と話していました」と祥子さん。都会のマンション暮らしは快適だったが、コロナ禍を機に在宅勤務が広がり、祥子さんも長年携わったウェディング業界を離れた。暮らしを見つめ直す時期が、静かに訪れていた。
そんなタイミングで迎えたのが、保護犬の梵旦(ボンタン)である。熊本・阿蘇で保護された元野犬のビーグルミックス。自然の中ではしゃぐ姿を見るたび、ふたりの気持ちは少しずつ変わっていった。「マンションのバルコニーでは、やっぱり狭いなと思って」と祥子さん。もともと秩父の三峯神社へ通うのが好きだったという。三峯神社も、青梅の武蔵御嶽神社も、ニホンオオカミを神格化した“大口真神(おおくちまがみ)”を祀る、“おいぬ様”の神社として知られている。
三峯神社は犬連れ参拝を制限している為、犬と一緒に参拝出来る神社はないかなと思っているなかで出会ったのが武蔵御嶽神社だった。「御嶽神社はワンちゃん歓迎で、ケーブルカーにも乗れると知って」と陽さん。梵旦は電車に乗せられないサイズだったため、陽さんは免許を取り直し、車を購入した。「もう完全に、犬中心の生活でしたね」と陽さんは笑う。
御嶽神社へ通ううちに、多摩川の景色や自然の豊かさに触れ、「青梅って、犬と暮らすには最高の環境じゃない?」と感じるようになったという。「本当に、梵旦がここ青梅に連れてきてくれた感じです」と微笑むふたり。移住は、愛犬との暮らしを見つめ直した延長線上にあった。

都心との距離を測りながら、青梅へと絞り込む
移住先の候補は一つではなかった。祥子さんの生まれ故郷・山口県をはじめ、屋久島や秩父、鎌倉、檜原村など。愛犬・梵旦とのびのび暮らせる自然がありながら、現実的に生活が成り立つ場所はどこか。夫婦で何度も話し合いを重ねた。最終的な判断軸となったのは、陽さんの仕事。陽さんは当時、都心に勤務するIT企業の社員で、コロナ禍が落ち着くにつれ、完全リモートではなくなりつつあった。「さすがに屋久島は無理だね、と(笑)。都心に通える距離というのが条件でした」と振り返る。
通勤とのバランスを考え、エリアを青梅駅周辺に絞った。移住前は満員電車で立ったまま4回乗り換え。朝夕の通勤だけで体力を削られる日々だったという。今は通勤時間こそ伸びたが、青梅駅から座って移動できる時間が増えた。「以前は消耗する時間でした。でも今は、読書をしたり考え事をしたり。通勤時間が“自分の時間”になりました」。自然の近さと都心へのアクセス。その両立を現実的に叶えられる場所として、青梅という選択にたどり着いた。

100のハードルを越えて、古民家という選択
青梅への移住を具体的に考え始めた当初、加島夫妻は新築も視野に入れていた。広い土地を探し、犬と暮らせる家を一から建てることも選択肢の一つだった。しかし物件探しの中で出合ったのが、現在暮らしている青梅駅周辺の蔵付き古民家である。「ここを見たときに、未来の景色が見えたんです」と祥子さんは振り返る。
江戸時代に建てられたという歴史ある家。書家が住んでいたこともあり、凛とした空気が漂っていた。最初は“見るだけ”のつもりだったが、この家との出合いが方向性を大きく変えた。新築から、古民家を再生しながら暮らすという選択へ。青梅への移住も、ここでほぼ固まった。
とはいえ、すぐに住める状況ではなかった。家主の強い思い入れ、住宅ローンの調整、土地や道路の権利関係など、課題は次々と現れた。「細かなことも含めると感覚的には100個くらいハードルがあったと思います。そのハードルを一つひとつ越えてくれたのが妻でした」と陽さん。移住にまつわる手続きの多くは祥子さんが担っていた。なかでも印象的なのが、家主に向けた企画書である。「前職で資料はよく作っていたので。元家主様がお家をとても大切にしておられましたので、私たちもこの家に住んだらお家を大切にして、こんな風に活用したい!という思いを綴りました。」と祥子さん。何十枚にも及ぶ資料と熱い想いが実を結び、ようやく交渉の土俵に立つことができた。

2024年夏、まずは青梅市河辺町へ仮住まいとして移住。河辺での生活を始めながら交渉を重ね、沢山の方々の協力とご縁により同年冬に契約がまとまった。2025年3月から伝統工法によるリノベーションが始まったが、改修できる大工は限られている。職人不足も重なり、工事は思うようには進まなかった。
それでも2026年1月、リノベーションが続く中で河辺から青梅駅周辺へと拠点を移している。「完成を待つというより、整えながら暮らしている感覚ですね」とふたりは話す。100のハードルを越えてもなお手放さなかったのは、この家で実現したい未来があったからだ。この古民家との出合いは、青梅移住を“検討”から“決断”へと変えた、決定的な出来事だった。

暮らしを味わう日常と、広がる地域の縁
古民家での日常は、まだ始まったばかり。雨戸を開ける朝。薪を割り、草を刈り、庭の草花を眺める。薪ストーブの火を見つめるひととき。「マンションの便利さとは違って、生活そのものを楽しむ感覚があります」とふたりは話す。冬の寒さや買い出しの距離といった不便さもあるが、その分、暮らしのリズムはゆっくり整っていく。広い庭を走り回り、釜の淵公園など自然豊かな散歩コースを満喫する愛犬・梵旦の姿を見ていると、都心暮らしとのトレードオフも悪くないと感じている。
地域との縁も、青梅での暮らしを豊かにしている。祥子さんは、青梅商工会議所主催の創業スクールで出会った地元の方々とも家づくりを進めている。一方、陽さんは仮住まいをしていた河辺の自治会に迎え入れられ、運動会や祭りの神輿会に参加した。「距離が近くて濃い人間関係に少し不安もありましたが、実際はとても温かく迎えてもらいました」と陽さん。河辺を離れた今も神輿会とのつながりは続き、青梅市の黒沢大祭、入間市の万燈まつりなど近くの祭りで担ぎ手が必要とあれば声がかかるという。「人と人とがつながって、話が通るスピードが早いんです」。自然だけではない、青梅のもう一つの顔である。

人と人がつながる場所をつくる。夢に向かう日々
どんな人に青梅をすすめたいかと尋ねると、答えは明確だった。「子育て世代はもちろんですが、40〜50代で落ち着いて家時間を大切にしたい人にも合うと思います」と祥子さん。広い空間で犬と暮らしたい人、アート活動の拠点を持ちたい人、自然の中で自分らしい暮らしに向き合いたい人。人生の新しいステージを青梅に置くのも、悪くない選択だという。
ふたりの次の目標は、この古民家の一部でカフェを開き、隣接する蔵をシアターやギャラリーとして活用することだ。「この立派な蔵を開放しないなんてもったいない。自分もそうしてもらったように、人が集まり、つながる場所をつくりたいんです」と陽さん。
100のハードルを越えて手に入れた暮らしは、まだ完成形ではない。これから少しずつ形になっていく未来である。今日も五葉松が大きく枝を広げる庭で、梵旦がのびのびと駆け回る。青梅でのふたりと一匹の物語は、まだ始まったばかりだ。

Profile
加島 陽 | 会社員
加島 祥子 | カフェ店員陽さんは、東京都出身の40代。青梅と銀座を行き来しながら通勤とリモートワークを併用中。祥子さんは、山口県出身、愛知県育ちの40代。元ウェディングドレスのデザイナーで、その感性を生かし古民家リノベーションに奮闘している。2024年8月、青梅市河辺町で移住生活を開始。2026年1月から青梅駅周辺の古民家で愛犬・梵旦と暮らす。武蔵御嶽神社や清流ガーデン澤乃井園、シネマネコのほか、阿吽Laboや青梅駅前のアートスペース「THE ATELIER」もお気に入りで、アーティストとの出会いも大切にしている。
※取材:2026年2月

